向上心。という言葉がありますが。
私は、何が上だとか下だとか、あまり言いたくないのです。
というか…、世間的な見方で物事の貴賎を判断したくない、というか。
上に向かう、と意気込む人間をまあ、非難したい訳ではないのですが、
そっちがどうして上なのですか、下ではないのですか。
上は偉いのですか、下は偉くないのですか。どうして。
馬鹿と煙という言葉はご存知ですか。
と、ちょっと意地の悪い問い掛けをしたりしますが。
声高に「上」を主張する人には、謙虚さが不足していると感じられるのです。
人の上にいるつもりの人間は、下にいる人間を見下しているのだろうと。
まあその、私の好みではないという話です。


まあ少々茶化してみますと、
物事について上だ下だ言わない方が、ものの見方としては上なんじゃないか。
そう言いたいんだねと、言われるかもしれません。
そんな気もしますが、ちょっと違うような気もします。


複雑な対象(例えば人のような)に対して、一次元的なものさしで判断を下すのは、危ないのです。
体育の評価が、彼がBで自分はAだった。だから自分の方が偉い。
この考え方はやはり危険だと思います。これで彼の全てをあなどった場合、
今後の展開の予測にかなり大きな誤りが発生し、足元を掬われる可能性があります。
もう一つ。アクシデントから逃げ遅れる事が結果的に命を救うこともあるということで、
何でも知っていればいい、思考力・外交力は高い程いい、お金はあればあるほどいい、
…とは、限らないわけです。
一般にはあった方がいいと思われるでしょうが、必ずそうであるとの決め付けは、
正直それも危険だと思うわけです私は。
謙虚さは、自分の慢心と固定観念から一歩身を引いて考える賢さであり、
安全な思考を保つための戦略でもあると思います。
とはいえ、安全を確保していては、決して前進できないということもある、
ということなのです。


ああなんか、最初と最後で考えがズレてしまっている。(結構コロコロ変わるよなぁ)
要するに、
私は人のある特定のステータスを指して上だ下だと評価するのは極力避けたいと考えている。
かつ、
世間的な評価をまんま採用するのは危険だと思う。
と、そう言いたいのでしょう。おそらく。


「危険」、と言いましたが、「不当」とも言えます、というか。
不当であるために、状況の誤判断に繋がる可能性があり、危険だと。
固定観念は、過大・過小評価の温床であると。


[豆知識]
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のどのアドレスでも、正規のサイトにリダイレクトされるようです。
google.jpでもOKなので、
gogle.jpが最短かと期待しましたが、それはどうもダメのようです。