ただそれだけのこと。

仕事に生きがいを見出す者もいれば。酒やタバコもしくは人に依存して心の空虚さを満たすものもいる。
自らを犠牲にして人に尽くすことで救われる人間もいれば、人を傷つけることで癒しを得る人間もいる。
人知れず祈りを捧げる人もいるだろうし、なりふり構わず神仏にすがる人もいるだろう。

〜「インド旅行記1 北インド編」中谷美紀 幻冬舎文庫 p29〜


なぜか、書き留めておきたい気がしたので、何となく引用してみた。


理由を考えると。
一般に否定的に思われる精神と肯定的に思われる精神が、同列のもの、等価なものとして扱われている。
それはつまり、それらは人の行いという枠で括れば所詮同じ種類のものであって、神の視点で見れば
特に優劣や貴賎の差がつくものではなく、ただそれぞれの人間がそれぞれの思いで生きているのだということ。
そこに人といういきもののある種のいじましさや愛おしさのようなものを感じ、
それは分け隔てない全ての人間への暖かいまなざしであって。
しかしそれと同時に、所詮人間はその程度のものという冷ややかで怜悧な視点が伴ったものでもある。
そういうものの考え方に、私が共感を持てたからだろう。


私の中谷美紀氏のイメージは主に、
「あのー、犯人わかっちゃったんですけど」の人。なのだけれど。
この本を読んでいると結構意外というか、私が好きなタイプのキャラクターだなあと。