平凡も一番

多くの人が、非凡である事に憧れるのではないかと思う。
自分が普通である事はあまり好ましい事ではない、そう思うのではないかと思う。
私も、そう思っている。


しかし多分本当は、普通である事はとても有り難い事でもあるのだ。
自分の腕が人と違って3本であったり1本であったりしないことは、非常に有益なことでもある。
腕の数の話は比喩であって、勿論少なければ困るし、多くてもやはり何かにつけ不便がある。
能力でも性格でも容姿でも、人並み外れている事は、何かとデメリットもついて回る。


誰もが持っているものを持たざる者にから見れば、普通である事に不満を持つ事がどれほど贅沢な事か。
何の刺激もない漫然とした人生が、どれほど奇跡的に恵まれたものであることか、当人は気付かない。


というわけで、平凡は平凡で、それはそれで多分素晴らしい事ではあるのだと私は思う。
そういう現実を考えた上で、それでもやはり、非凡である事はいいものだと思う。
私は、人とは違う部分が少しある。あるいはかなりあるかもしれない。それはあまり便利なものでなく、
厄介な性分を持て余している所がある。そんな不便な物であっても、やはり人と違っていた事は
良かったと思う気持ちがある。普通に生きるには少々支障があるとしても。
まあそれが原因で死ぬというわけでもないのだから、別に普通に生きられているわけでもあるのだけれど。